カメラの後ろで演技を見守る鈴木監督
来年初夏の劇場公開を目指して、京都市西部を走る京福電鉄(嵐電(らんでん))を舞台にした映画「嵐電」の製作が進んでいる。開設10周年の京都造形芸術大映画学科と、嵐電、沿線の東映京都撮影所(京撮)が連携して先月末から撮影が行われた。100年以上走り続ける嵐電と、3組の男女の時間が交錯する物語。主演の人気俳優、井浦新(あらた)さん(43)は「京都ならではのファンタジーになる」と語る。
「ヨーイ、ハイ」「カット」-。映画「ゲゲゲの女房」などを手がけ、同学科で教える鈴木卓爾監督(51)の声が響く。嵐電太秦広隆寺駅ホームで今月、井浦さんらの出演場面の撮影があった。乗降客をスタッフが巧みに誘導し、何度もカメラ位置を変えて本番が繰り返された。
出演者を含め総勢70人の撮影チームには約30人の学生も混じる。撮影や照明、録音など一線のプロに付いて学ぶ。カチンコを鳴らす監督助手の2年矢部凜さん(20)は「劇場公開を前提にした現場なので緊張感が違う」。製作担当の3年人見崇太さん(21)は「ロケ車の手配など大きな現場でしか分からない体験が多い。指示を待たずとも動けるようになってきた」。
井浦さんは「プロや学生の差は関係なく、やはり情熱が大事。一生懸命さが伝わるので僕らも初心に帰れるし、若返れる」という。
左京区北白川にスタジオを持つ同映画学科は、「北白川派」と称して劇場公開映画を定期的に製作している。映画美術の第一人者、木村威夫監督の「黄金花」(2008年)をはじめ、高橋伴明監督「MADE IN JAPAN」(10年)、林海象監督「彌勒(みろく)」(12年)などを撮り、今回で6作目になる。
北白川派を体験した卒業生からは、山田洋次監督「小さいおうち」でベルリン国際映画祭の最優秀女優賞に輝いた黒木華(はる)さん(28)のほか、土村芳(かほ)さん(27)、土居志央梨さん(25)、上川周作さん(25)ら映画やテレビで活躍する俳優も育つ。スタッフ側でも昨年劇場公開された映画「はらはらなのか。」の酒井麻衣監督(26)らを輩出する。
「嵐電」のヒロイン役を務める大西礼芳(あやか)さん(27)も卒業生で、NHK朝ドラの「花子とアン」「べっぴんさん」などに出演した。「北白川派は突き詰めて作るので、プロとして動ける人に成長できる」と話す。
井浦さん演じる作家の妻役には、京都の実力派劇団「地点」の女優、安部聡子さんを起用。「地点」も北白川に構えるアトリエで稽古や公演をしており、安部さんは「映画を学ぶ学生さんが見に来てくれることもある。同じ地域から映画や演劇の運動が広がればうれしい」。
映画「嵐電」は鈴木監督が脚本も書いた。10代、20代、40代の男女3組が、嵐電が行き交うように、過去と現在、虚実も行き来しながら遠のいたり、近づいたりする。「長い歴史のある嵐電には、人間の日々の営みとは異なる時間尺のような大きな流れを感じる。夜にヘッドライトを付けて走る姿は幻想的でもあり、電車が背負っているものも映したい」
旧知の鈴木監督からの出演依頼を快諾したという井浦さんは「僕は鉄道好きでもあるので、すてきな現場。いろんな色や型の車両が走っているのが嵐電の面白さ。そこに人間関係を重ねれば、京都ならではの映画になるはず」と話す。