松竹撮影所のオープンセットで舟をこぐ平井さん(京都市右京区太秦)
「生涯現役で舟をこぎたい」と話す平井靖さん
人気ドラマ「必殺仕事人」「鬼平犯科帳」など太秦の松竹撮影所(京都市右京区)で撮られる時代劇で、舟こぎの演技を半世紀近く務め、極めてきた大部屋俳優がいる。太秦在住の平井靖さん(75)。あらゆる脇役をこなすが、特に船頭役にこだわり、江戸の風情をにじませて、画面に溶け込む。「主役の芝居を邪魔しないのが役目」と脇一筋に生きてきた。主演級俳優も「天下一品」と称賛する。
■「江戸の生活感を自然体で」
右足を少し引き、腰を落として櫓(ろ)を操る。きれいに撮れるように「極力揺らさず、舟が滑るように」心掛ける。真っすぐ進めば、航跡の波紋も美しく写る。「あせってこぐと舟も迷う。生き物と同じで舟には気持ちが伝わるんです」
岐阜市出身。高校時代に見た勝新太郎さんらの映画に夢中になり、1960(昭和35)年、京都の俳優養成所に入った。乗馬や殺陣など時代劇に必要な技能を学び、卒業後は東映や大映を経て66年から松竹の大部屋俳優に。数え切れない脇役を太秦で演じてきた。
舟こぎ役を始めたのは「必殺」シリーズが始まった70年代半ば。「ちょうど子どもが生まれたころ。どんな役でもやりたいと率先して手を挙げました」
撮影所のオープンセットの堀、嵯峨の大沢池や広沢池、近江八幡市の八幡堀や西の湖など、いろんな場所で舟をこぐ。ただ、櫓と竹棹(さお)だけで監督の言う通りに操るのは容易でない。嵐山の保津川で船頭の動きを観察してこつを盗んだ。「風が吹けば舟はじっとしない。最近やっと棹の入れ方がつかめてきた」
平成以降、ほとんどの船頭役を担ってきた。「鬼平」のレギュラーだった女優梶芽衣子さん(70)は「舟こぎは本当に難しい。平井さんは天下一品で撮影所に不可欠。鬼平で舟が出てきたら平井さん。この方しかいない」と話す。今冬には、ベッキーさん(33)主演の時代劇「くノ一忍法帖 蛍火」(BSジャパンで4月から放送)でこいだ。
操船だけでなく、桟橋に付けた舟の上でキセルを吸って一服するなど「たとえカットされても、船頭になりきり、江戸の生活感を自然に出せれば」。近年、若手俳優2人が舟こぎを学ぶ。「舟を覚えたかったら、まず舟を掃除することが大切」。技だけでなく心も伝える。