大久保利通の茶室「有待庵」(6月3日、上京区)

移築先の優先候補に固めた「岩倉具視幽棲旧宅」(左京区)

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大久保利通の茶室「有待庵(ゆうたいあん)」の移築について、京都市は国史跡「岩倉具視幽棲(ゆうせい)旧宅」(左京区)を優先候補地に早ければ2020年度にも復元、公開を目指す方針を固めたことが3日分かった。岩倉は大久保と並ぶ明治維新の立役者で、茶室は歴史的な由縁のある地に落ち着く見通しになった。
旧宅は幕末に命を狙われた岩倉が一時住み、薩摩藩士らとの密談など大政奉還(1867年)の裏舞台になったとされる。敷地約1400平方メートルに、主屋など当初の建物3棟や国登録有形文化財の対岳文庫があり、2013年から市が所有・管理する。幕末の京で大久保と岩倉が謀議を重ねた歴史的な事実があり、関連施設として活用を図りやすい点から優先候補になったとみられる。
市が所有・管理する文化財では他に候補として、明治時代の近代和風建築「旧三井家下鴨別邸」や山県有朋の別荘「無鄰菴(むりんあん)」(いずれも左京区)もある。ただ下鴨別邸は重要文化財で無鄰菴は既に茶室があり、国から現状変更の許可を得るのがより難しくなる。
市は今月2日、茶室の移築に向け構想づくりや設計を担う民間公募を始めた。公募を通して活用の仕方や建設費を定め、19年度中に移築工事や寄付の呼び掛けに着手する構えだ。市文化財保護課は「文化庁との協議次第で別の場所になる可能性はある。ただ元所有者の『広く活用してほしい』という思いを大切にするため、できる限り早く取り組みたい」としている。
茶室は木造平屋、広さ5・7平方メートル。1866~68年に大久保が使った旧邸跡にあり、薩長同盟が結ばれた小松帯刀(たてわき)の邸宅「御花畑(おはなばたけ)」から移築されたと伝わる。5月に上京区の住宅の建て替え工事の際に現存が確認された。所有者からの寄付の申し出を受け、市は未指定・未登録の文化財を引き取る異例の対応を取り、6月に解体し市有地などへの移築を検討してきた。
(京都新聞)