板引を施した裳の飾りひもの輝きに眺め入る黒田知子さん
京都市で10月22日に行われる時代祭に向けて新調された清少納言の衣装に、伝統的な装飾加工法「板引(いたびき)」が採用されている。糊(のり)を使って生地に光沢や張りを出す技術で、時代祭の衣装に施されるのは27年ぶり。祭りを運営する平安講社は「失われかけていた先人の技が、時代祭で再現されたことは非常に喜ばしい」とする。
板引は、鎌倉期に成立したとされる装束の加工技法。漆塗りの板に椿(つばき)油と蝋(ろう)、糊を薄く塗り、その上に生地を置いて一晩乾かすと、樹脂でコーティングしたようなつやと張りが出る。高貴な印象につながるとされたことから、宮中儀礼や貴族の衣装に盛んに取り入れられた。大正期まで続いたが、関東大震災以降、華美な装飾を自粛する風潮が強まり注文が減少、次第に行われなくなったという。
今回、衣装の調進を受注した伝統服飾工芸協同組合に加盟する黒田装束店(京都市中京区)の装束司黒田知子(ちかこ)さん(53)が研究を重ね、技を再現した。
黒田さんが板引を知ったのは15年ほど前。先代当主からは技を継承しておらず、史料も残っていない。大正期の装束に関する新聞記事や写真を集め、油や糊の種類、分量、加工の作業工程を特定していった。「現存する大正期の皇族の装束を見たら、板引の輝きが本当に美しくて。この技を失わせてはいけないという一心でした」
板引は、作業期間が梅雨明けから秋口までの3~4カ月に限定される。糊の定着が気温・湿度に強く影響されるためで、雨の日は中断。毎日少しずつ材料や配合を変えて試作を繰り返し、ようやく昨年から仕上がりの精度が安定してきた。伝統衣装に詳しい服飾文化史の研究者に見せたところ、「明治神宮などに残る大正期の宮廷装束と比べても光沢などが見劣りしない。古来の方式を再現できたと言えるのではないか」と評価されたこともあり、時代祭の衣装調進に取り入れることを決めたという。
板引が施されているのは、清少納言の衣装の最も外側にあたる唐衣(からぎぬ)とその下に着る打衣(うちぎぬ)の襟など。腰に着ける裳(も)の飾りひもにも用いており、着る人の動きに合わせて優美にきらめく。黒田さんは「絹布の織り方や糸の種類によって糊の配合量を微妙に変えなければならない難しさがある。全ての布に対応できるよう、これからも研さんを重ねたい」と話している。