京都市の夜空を炎で焦がす伝統行事「五山送り火」が迫ってきた。先祖の霊を送るお盆の一夜に向け、各山では多くの人が汗を流す。準備に追われる保存会を追って山に登った。
送り火を1カ月前に控えた7月中旬。「大文字山」として知られる如意ケ嶽(左京区)の麓にあるNPO法人大文字保存会の事務所に、メンバー約30人が集まった。村野克行理事長(51)の点呼が終わり、大半は松のまきを束にする作業を始めた。若手理事の大前允人さん(31)とベテラン井上雅茂さん(67)の2人は、着火用の松葉を倉庫に運ぶ役を引き受けた。
2人のほか、作業を手伝う若手林業家と一緒に、松葉を積んだ軽ワゴン車に揺られて3分。山中の倉庫に通じる資材用リフトを操作する小屋に着き、ここから登山が始まる。
保存会専用の山道を進む。草が生い茂り、木の根に足を取られて転びそうになる。素手で草や低木をつかみ、はい上がったが、軍手を持って来なかったことを後悔した。一般登山客も利用する整備された道に合流し、ほっとした。
道中、半世紀近く作業に携わる井上さんの話を聞くと、近年の山の変化が心配だという。「かつてはこの山の松でまきを作ったものです。最近は松枯れで採れない。茂っていたイバラもなくなり、表土も流れやすくなっている」
登り始めて半時間、目の前にゆるやかだが長い石段が現れた。「ここからがきつい」と井上さん。確かに息が上がり、背中にじんわり汗をかく。石段を上りきると、突然視界が開けた。京都市内が一望できる。気付けば「大」の文字の左上部分に立っていた。
眼下の絶景に喜ぶ記者に構わず、井上さんはろうそく立ての掃除を黙々と始めた。文字の中心部にあるお堂で使うのだという。大前さんはリフトの脇で、松葉を運び上げる準備に取りかかった。到着したことを小屋に詰めたメンバーに無線で連絡すると、「キュルキュル」と音を立てて動きだした。
松葉が届くのを待つ間、大前さんが「友人に『大文字はどこから見やすい』とよく聞かれるんですよ」と話し出した。保存会だから、お薦めスポットをさぞかし知っているかもしれない。「当日はいつも山の上。麓で見たことがないから、『分からない』と答えるしかないんです」と苦笑い。
急に何かに気付いた大前さんが走りだした。その先には、登山者の男性2人が火床に腰掛けていた。「火床は崩れやすい。それに、やはり大切にしているところなんで」。やんわりと注意する姿に、受け継いできた送り火への信仰と責任感を垣間見た。
リフトが開通する1972年以前、すべて人力の作業だった。送り火直前、1人が松のまきを4束背負って登ったという。1束10キロ超というから、真夏に40キロ以上の荷物を背に片道30分の登山を繰り返す…。
山中の作業は1時間半ほどで終了。麓に戻ると、500束のまきが出来上がり、事務所の倉庫は天井までびっしりと埋め尽くされていた。「こうやってみんなが顔をそろえると、今年も送り火が近づいて来たと実感する」という村野理事長。「京都の人が気持ちよく先祖を送られるよう、僕らはお手伝いしているだけです」