過酷な修行として知られる、天台宗総本山・延暦寺(大津市坂本本町)の「千日回峰行」。その一端に一般の人たちが触れられる「一日回峰行」が人気という。回峰行の祖・相応和尚(そうおうかしょう)の1100年遠忌の節目に、記者も参加してみた。
午前2時半。月明かりだけが周囲をほのかに照らす。8月中旬、比叡山上の延暦寺西塔地域にある研修道場「居士林(こじりん)」前に、登山ウエアやリュック姿の47人が集まった。「体調が悪くなったり、歩けなくなったりしたらすぐに伝えてください」。同寺の小鴨覚俊教化部長の先導で出発した。
約20キロを7時間かけて歩く。横川(よかわ)地域を経て麓の日吉大社へ下り、急な坂道を登って山上の東塔地域から再び西塔まで戻ってくる。回峰行者がたどる道とほぼ同じという。
前日は夕方に居士林に集合し、精進料理の夕食をいただいた後、午後9時に就寝した。睡眠時間は十分ではないが、緊張しているので眠気はない。まず西塔の釈迦堂前で全員で読経する。般若心経を読んでいると厳粛な気分になる。
懐中電灯を手にアップダウンの道を歩く。未明の山中の空気がひんやりと肌をなでる。1時間ほどで玉体杉と呼ばれる杉の巨木にたどり着いた。眼下には京都市街の夜景が広がる。ここで御所に向かって天皇陛下の安泰と国の平穏を祈る。「回峰行は山を歩くのが目的ではない。礼拝するために山を歩くのです」。前日の集合時に言われた通り、道中では何度も手を合わせ拝む。
さらに歩を進め、横川に到着した。出発から1時間半ほどで初めての休憩だ。午前4時を回り、徐々に空が白んでくる頃、ヒグラシが鳴き始めた。木立の切れ間から、朝焼けの琵琶湖が見える。日吉大社までの下りは急で、脚の力を抜くとどんどん加速してしまう。千日回峰行者もここで足を傷めることが多いそうだ。
午前6時すぎ、日吉大社を出て律院に着くと、住職の叡南(えなみ)俊照大阿闍梨(あじゃり)が参加者を迎え、加持を授けた。「皆さんの一日回峰はお坊さんの100日ぐらいの価値がありますよ」と励ましてもらった。律院を後にしようとした時、千日回峰行中で18日に満行する釜堀浩元・延暦寺一山善住院住職に会うことができ、全員で加持を受けた。
律院から東塔、さらに西塔を目指し、2時間ほどで一気に登る。日が昇り、顔から噴き出した汗がしたたり落ちる。次の一歩が重い。私語を慎んできた参加者だが、「大丈夫ですか」「あと少しでケーブル延暦寺駅に着きますよ」と励まし合って進んだ。
午前9時45分、全員が無事に出発地点に戻ってきた。その表情には疲労以上に達成感が見て取れる。愛知県の会社経営者鈴木竜宏さん(45)は「テレビで千日回峰行を見たことがあり、いい機会だと思い参加した。遠い存在だと思っていたが、少しではあるけれど体験できてよかった」と満足そう。東京都から参加した桐田有子さん(43)は「(初日の夕食で)厳しい食事作法を体験し、規律の中で生活をするのは新鮮だった」と話した。両親と参加した京都市山科区の中学1年、北川侃司さん(13)は「上りよりも下りの方がしんどかったけど、玉体杉からの景色が見られてよかった」と笑顔を見せた。
たった1日の体験だったが、未知の世界に触れて記者も心が引き締まった。この巡拝を幾度も繰り返す回峰行者たちに、改めて畏敬の念を抱いた。
一日回峰行は10月21~22日、11月11~12日にも行われる。詳細は延暦寺ホームページ。
問い合わせは延暦寺077(578)0001。