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井伏鱒二、幻の短編小説 上海の雑誌に戦時中掲載

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短編「饒舌老人と語る」の見開きページ






小説「山椒魚」や「黒い雨」で知られる作家井伏鱒二(1898~1993年)が第2次世界大戦の疎開中に執筆した短編小説が、戦時下の中国・上海で発行されていた日本語の総合雑誌「大陸」の1944年12月号に掲載されていたことが分かった。全集や単行本に未収録の「幻の小説」で、その存在は研究者にも知られていなかった。

 国際日本文化研究センター(京都市西京区)の海外共同研究員で、北京外国語大教授の秦剛(しんごう)さん(日本近代文学)が昨夏、北京の中国国家図書館で見つけた。

 「饒舌(じょうぜつ)老人と語る」と題された約8千字の短編で、動物園に犬とオオカミの混血である「狼犬」を見に行った「私」が、そこで出会った老人から不遇な身の上話を聞くというリアリズム小説。秦教授は「死のイメージに満ちた多層的な構造の作品で、弔いのモチーフは『黒い雨』にも通じる。さらなる考察や再評価が期待される」と話している。

 秦教授によると、雑誌「大陸」自体が忘れられた存在だった。上海で日本語新聞を発行していた大陸新報社によって1944年11月に創刊されたが、敗戦後は日本語雑誌を持ち帰ることが許されなかったため、日本の図書館に所蔵はなく、古書としてもほとんど流通していないという。中国でも戦後、日本語書籍の多くは処分され、「大陸」の原本が確認されたのは初めてという。

 北京で発見されたのは創刊号から45年5月号までの5冊分の合本(3、4月号は欠番)。各号の表紙には「日本大使館調査室資料之印」が押されていた。軍事評論や戦局展望などが大きな比重を占め、「国策雑誌」の性格が色濃い。一方、井伏のほかに武田泰淳や佐藤春夫、壺井栄ら20人以上の文学者の小説や随筆、短歌が掲載されており、戦時下の文学者の思想研究としても貴重な材料になりそうだ。

 今年3月中旬発売の雑誌「早稲田文学」で「大陸」の概要や創刊号の目次が紹介され、4月に発行する特集号で井伏作品の再録や秦教授の論文を掲載する予定。



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