滋賀県野洲市教育委員会は14日、徳川家康が築いたとされる江戸時代の将軍家の宿泊所「永原御殿跡」(同市永原)から、本丸の中央部にある部屋「古御殿」跡と、西側にあり望楼や茶室だったとされる「御亭」跡が出土したと発表した。資料から御殿の存在は知られていたが、私有地のためこれまで本丸の調査は行われておらず、建物跡が確認されたのは初めて。
国史跡指定を目指し、江戸中期に製作された間取り図「指図」を基に、古御殿と御亭があったとされる計約90平方メートルを2017年8月から発掘調査した。古御殿跡からはコの字形で東西12メートル、南北7メートル以上の溝跡、御亭跡からは東西4・5メートル、南北4・8メートルの溝跡が出土し、それぞれ加工跡がある礎石も見つかった。
溝跡や礎石は指図通りに配置されており、周辺の竹林からは本丸を取り囲む土塁跡や櫓跡も見つかった。市教委は「非常に状態がよく、当時の資料との整合性も高まり、御殿の全容解明へ前進した」としている。
御殿は徳川家が上洛(じょうらく)時に休息や宿泊に使った施設で滋賀県内では水口(甲賀市)、柏原(米原市)、伊庭(東近江市)にもある。永原御殿は約4万平方メートルと県内最大級で、1601年までに家康が築いたとされ、7回宿泊した記録が残る。その後、拡張工事も行われたが、幕藩体制が確立して将軍の上洛の機会は減った。34年の家光の上洛を最後に使われなくなり、85年に解体された。
17日午後1時半から、現地説明会を行う。雪雨は中止。野洲市077(587)1121。