出航してすぐ、全長2436メートルの第1トンネルへ。
暗いトンネル内には北垣国道の扁額もある(大津市)
京都を支えてきた琵琶湖疏水を運航する船が今春、67年ぶりに復活した。大津市から京都市への経路に乗り込むと、難事業に取り組んだ明治の先人たちの意気込みが見えてきた。
大津市の園城寺(三井寺)近くからスタートした下り船の目前に広がるのが、全長2436メートルの第1トンネル=地図(1)だ。入り口では伊藤博文が揮毫(きごう)した扁額(へんがく)が迎える。額の上には建設を担った技師、田辺朔郎の名も英字で刻まれている。
トンネルのはるか先の出口に小さな光が見えるだけ。気温も5度ほど下がる。壁を伝う2本のロープのうち1本は電気を通すためだという。「もう1本は船頭が引っ張って上っていたんです」。ガイドの道祖彩有希さん(28)が解説してくれた。
半分を過ぎたあたりで、天井に開いた穴から大量の水が降り注ぐ。第1立て坑だ。当時日本最長だったトンネルを掘るため、長等山上から垂直に穴を掘り、そこからも掘削する方式をとった痕跡だという。水は音をたてて船の屋根に流れ落ちる。
山科区の諸羽トンネル=地図(2)を抜けると、緑と桜が広がる。水面近くから菜の花が咲き誇る沿道を見上げる。「行ってらっしゃい」と笑顔で声を掛ける人たちに手を振り返す。
蹴上(東山区)に向かう第3トンネル=地図(3)を抜けると、下船場=地図(4)はすぐそばだ。京都御所へ防火用水を送るために建てられたれんが造りの旧御所水道ポンプ室が迎えてくれた。
疏水のガイドを続けている福冨雅之さん(49)=山科区=は乗船客の立場から「水面からだと景色が違う。今の京都があるのは疏水のおかげだと実感できた」と語った。発電や市電の運行、物資運搬など豊かな恵みを近代京都にもたらした大事業を、違った視点から感じ取れた。
■乗船ガイド びわ湖疏水船は、京都、大津両市などでつくる「琵琶湖疏水沿線魅力創造協議会」が運航する。春季は5月28日まで、秋季は10月6日から11月28日まで。春季は満席の日が多いが、平日などに少し空きがあるという。問い合わせはJTB旅の予約センター(0570)050489へ。