湯につかりながら魚を眺められる水槽もあった
滋賀県彦根市中央町にある明治初期創業の銭湯「山の湯」が経営難のため廃業し、140年の歴史に幕を閉じた。旧市街地で唯一残る銭湯として市民に愛されてきたが、老朽化が激しく苦渋の決断となった。常連客らは風情あふれる憩いの場との別れを惜しんでいる。
彦根市史などによると、山の湯は1879(明治12)年に創業。彦根教会(同市本町1丁目)の創設にかかわった三谷岩吉氏が、渡世人だった前非を悔い改め、それまで営業していた遊郭を廃業。失業した老人に職を与えるため銭湯を開業したという。
浴場には四つの浴槽があった。中でも奥側にある茶褐色の薬湯は、井伊家の元御殿医が成分の配合を考案したと伝わる名物。脱衣場と浴室の間に設けられたコイや金魚が泳ぐ池付きの中庭も好評だった。
1988(昭和63)年に店主の奥田良(よし)さん(82)が夫と前経営者から引き継ぎ、10年前に夫が亡くなってからも、息子夫婦の協力を受けて番台に立ち続けてきた。
同店によると、常連の高齢化で利用客減少が続きながら、近年も多い日で100人ほどの利用があった。風情あるたたずまいが話題を集め、近年は琵琶湖を自転車で一周する「ビワイチ」の参加者や学生など若者の客も多かったという。
だが、傷みが激しいボイラーや浴槽の更新費がかさむとして、1日にやむなく閉店の張り紙をした。利用客だった近所の牧師廣田和浩さん(54)は「薬湯がいつもの楽しみで、湯船につかりながら歴史と伝統を感じられる数少ない場所だった。なくなったのは寂しい」と惜しむ。
奥田さんは「できる限り営業したかったが、経営の問題でどうにもならず、来ていただいていた顧客には申し訳ない。長い間、多くの人に支えてもらい本当に感謝している」と話す。
京都新聞